第3章.営業から企画へ・・・自ら人事異動を発令させた、私のその後

  • LINEで送る

願いかなって、”営業から外されて”シンクタンクに出向になりました(ここからマーケティングや調査の実践ノウハウやスキルの充電期間の始まりです。)

自ら人事異動を発令させる。やってみれば、何かが起こるものです。読者のみなさまもぜひ、自分の希望の部署があるなら、あきらめずに自己投資を行い、その実績を会社へ伝えてみましょう。必ず、何かが動くはずです。

私の場合は「営業はできないけど、なにか書かせたり資料の整理をする事なら給料分くらいは稼ぐのでは?」という流れのようです。つまり、想いが伝わり、事が動き始めたわけです。

大学4年間、新聞配達で培った粘り腰。長いトンネル期間中も、本を読んだりしながら自分なりのマーケティングの勉強はずっとつづけていました。ぼろぼろになりながらもあきらめずに自分の得意な部分に投資してきたことが報われた思いです。うれしかった。

 

それからは研究員と称して様々な企画や調査、マーケティング戦略をたてることになりました。今まで市場調査やヒアリング、ネットリサーチなどを含め累計1,000件以上の調査を手がけています。

シンクタンクでは様々なお得意先の案件に対応するために短期間でその分野の専門家になることが求められます。そのためには、まずその業界の専門誌のバックナンバーを過去3年間めくります。(日経テレコン21という過去から現在までの雑誌や新聞、専門誌を舐めるように調べられる日経のデータベースサービスをよく使います。)併せて専門書籍を数冊を買い込み斜め読み。すると過去の雑誌や書籍を串刺ししている共通項が見えてきます。これがその業界の大きな流れ、軸です。後はその軸の周辺のキーワードを組み合わせてネットで情報を補足し仮説をつくります。仕上げは直接キーマンへのインタビュー=仮説の検証です。

ここで私は、新しい分野を調べるときの作法、方法論と、物事を簡単に信じ込まないで批判的に(クリティカルにと言います)捉える“曇りなき眼”を身につけることができました。

(ここで得たスキル、新分野の調査手法と曇りなき眼力が現在のパラレルキャリアの実践に大きく役立っています。)

 

それから今まで、常に最新の情報収集技法や打ち手を提案できるスキルを身につけましたが、しかし所詮はサラリーマンです。シンクタンクの研究員とはいえ、サラリーマンは常に大きなリスクと同席であることを痛いくらい程知りました。

 

往々にして会社がなくなる事は現場の社員は直前の発表までわかりません。

だから会社の終わりは雇用者には突然やってきます。
ある朝、関与先のクライアントの住宅展示場にある朝大勢の業者さんがきて、展示場の備品や家具、設備などを取り外してトラックに積んで帰ることがありました。

「詳しいことは社長に聞いてくれ!」ある業者さんが展示場の受付の女性に言いました。何が起こったのかわからないまま、びっくりした女性の顔は今でも忘れられません。

その私の関与先は2回目の不渡りを出し、仕事の代金の回収が見込めなくなった下請け会社の方々が、お金の代わりにモノをもって帰っていたのです。

業者が何社か来られて、(突然イナゴの大群が大豆畑を襲うような)あっという間でした。

 

それからとても仲良くしていただいていた建材メーカーの社長さん。一升瓶をもって一緒に地元の秋祭りの神社に参った1週間後、夜逃げをなされました。社員さんが出社すると弁護士さんからことの経緯を書かれたA4、1枚の紙を渡されたそうです。

とても色々な相談を受けていた社長だったのでとても辛かった。私は本当のチカラになることができなかった。(これからやってくる寒い冬を前に、ふるさとを去らなければならなくなった社長とその家族のことを考えるといつもこめかみ、両側頭部が疼きます。)

 

会社の終わりは末端の社員の知らないところで突然起こります。

雇用者には失業保険という制度がありますがあくまでも一時的なものです。

 

だから本当の意味での保険になる、いざと言うときのスペアタイヤ的な収益源をサラリーマンはもたなければなりません。アウトバーンを時速200キロメートルで走っても車内の人が死なないという構造をうたう高性能なドイツ車にも、スペアタイヤ(あるいはそれに代わる機能)が備えてあります。

 

サラリーマンもスペアタイヤをもつべきなのです。

 

私が副業をする理由はここにあります。

 

住宅ローン、子どもの進学に伴う教育費、両親の介護など、これから必要になるお金はたくさんあります。万が一、本業がダメになったときの、最悪の場合は想定することは必要です。(倒産した会社の多くの方々は、最悪のケースなんて考えてもいなかったのですから)

一時期私は倹約のために、牛丼ばかりを食べていた時期がありました。安いけど栄養がしっかりとれると思っていたので、食事と言えば牛丼でした。その結果、高脂血症になってしまいました。血管のなかはきっとドロドロで肝臓の数値も悪く、献血も断られる時期がありました。

 

お金がないと体を壊します。お金があると健康にもなれるし命も救えます。これは真理です。

 

今、私は副業にあたり私の3つの目的を掲げています。

 

1.家族の幸せを守るため

2.これからしっかり親孝行をするため

3.会社に依存しない収入で苦しむ仲間を救いたい

 

ひとつ目の理由です。家族の幸せを守るのは、当然、今の幸せな環境を失いたくないからです。

子どもたちが育つ家を当然ですが手放すことはできません。

そしてできる限り良い教育を受けさせてあげたい。

 

2つ目の理由です。今でもいい服を着ていない母。若いときの無理がたたってヘルニア持ちの父はコルセットをつけたままリフォームの下請けをやっています。

元気な早いうちに母にいい服を買って、夫婦で旅行に連れて行ってあげたい。子供のころ家族全員で遠出をした覚えは全くありません。カブと自転車のコンボイで街まで連れて行ってくれた母に恩返しをしたいのです。

 

3つ目の理由です。私には仕事の選択で苦しみ、永久に失ってしまった同世代の仲間がいます(中学高校の同級生、同期入社社員、従妹の夫)。彼らを救うことが何ひとつできなかった悔いが、深く暗く重い錨のように心の底に刺さっています。その重い錨は永久に抜けることはないでしょう。

一時期私は自分のマーケティングの集大成を論文で発表したいと思いました。でも私(ごとき)の論文で人を救うことはできないでしょう。であるならばブログを書こう。ブログなら救える!自分のマーケティングの経験とスキルをもって、誰でも実践できるパラレルキャリア・副業をモデル化してお伝えしていきたい。そんなブログを書こう。

それが今です。

 

長いプロフィール、おつきあいいただいてありがとうございます。

私はこんな人間です。ブログの内容はこれから潤沢になっていきます。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 

(実際の生の企画書、自ら部署移動を申し出た【非常識な企画書】はこちらで無料で配布しています。よろしければ、自分の人事異動、希望を通す際の参考にご活用してください。)

 

  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメント

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください