志で、志援したい。

志起点の自分ビジネス=志起点のマーケティングのすすめ

 
 
蒼井です。
 
志(こころざし)起点で全ては解決する。
志から始めよう!
志起点で『自分ビジネス』を作りましょう!
そんな仲間を増やしています。
 
 
 
こんな記事をご存知ですか。

「アフィリエイト広告が効かなくなったので、サプリメントや健康食品はメーカーが自社サイトを充実させるしかなくなりましたのお知らせ」

 
私が淑しているマーケター、永江一石さんの記事です。
 
この場合、「終了」といえるのは、サプリメントや健康食品などの紹介記事を素人ブロガーが書いたり、
ライターに外注して書かせて、成約しさせているアフィリエイト分野。
つまり、健康という非常に大切な分野にも関わらず、いい加減な記事でアフィリエイトをしている領域。
そんなずれた視点の商いを、Googleがきちんと判断をした。と言うことです。
 
健康食品系のアフィリエイトビジネスモデルは、終わったでしょう。
 
口の中に入れるもの。素人のええかげんな記事はちょっとご法度です。
アフィリエイトは、マーケティング手法としても確立された、極めて完成度の高いビジネスモデルなのですが、
しょうもない記事やペラサイトを量産させて、手数料目的の輩も、多いのが現状です。
第一、手数料のために、自分がまったく興味のない分野で、
書きたくもない記事や、売りたくもない商品のために、
せっせと自分の大事な時間を使うこと自体が、とてもナンセンスです。
 
 
先般の慶応MCCでのストライプインターナショナルの石川社長も
創業時の挫折の気づきをこう語られています。
 
「世間はいつも正しい」
 
お客様が来ない、売り上げが伸びない。
これは提供するほうが、世間に受け入れられていないということ。
世間のほうを見ることが、必要です。
 
 
結局、
自分が心の奥底から、役に立ちたいという、”志起点”のビジネスモデルでなければ、
世の中の多くの人には、届きません。
 
だからこそ
「志(こころざし)起点で始めよう!」
なのです。
 
『志起点の自分ビジネスTM』の作法を体系化するために、
今まで多くの事例を取材してきました。
 
例えば、
実際にパラレルキャリアで、自分のビジネスを走らせている人。
公務員から脱サラしたセレクトショップの店長。
ものすごい田舎(買物弱者対策が必要なくらい)なのに、県下でも有数の売上を上げるコンビニのオーナー。
犬用車椅子という超小さなマーケットで起業している後輩。
そんな人たちのビジネス、商いをこの「志起点の自分ビジネス構築コーンTM」のケースに当ています。
もちろん、私が研究しているパラレルキャリア(複線的な自分ビジネス)の事例も含めて。
以外と身近にいるのです、そんなパラレルワーカー、結構、実は・・・。
 
自分ビジネスを継続できるエンジンは、志になります。
どんなにしんどくても、
どんなに辛い時があっても、
志さえぶれなければ、乗り越えられます。
 
 
そのビジネスは「志(こころざし)起点」で行われているか?
自分が行おうとしているパラレルキャリア=副業(複業)が、
どんな価値をどんな人に与えることができるか。
どれだけ強く人の役に立ちたいか。
 
僭越だけど、
極めて僭越だけど、
自分が提供するコンテンツ(商品やサービス)があの人を救うことができるのだ!
と信じて行えるビジネスであるかどうか?
 
この志の強さ、正しさによって、ビジネスの成功であったり、
継続であったり、途中の挫折の苦しさを乗り越えていくことができるわけです。
 
そしてお客様=ファンは、
そのビジネスが副業(複業)、つまり伏線的に起こす「自分ビジネス」であったとしても、
その志に共感していただければ、ファンになるわけです。
 
「自分ビジネス」のファンがついていく。
ファンが増えていくと、コミュニティになりビジネスの香りが出てきます。
ビジネスの香りがしてくる=あなたのサービスが欲しい!という人が出てくるということ。
そしてこんな、あなたのサービスが欲しい!というファンのかたまり=コミュニティができると、マーケティングが不要になります。
マーケティングはセールスを不要にするといいますが、そのマーケティングさえ、不要にします。
セールス=自ら売り込むことも、不要になる訳です。
 
わたしたちの「自分ビジネス」はここを目指すのです。
 
 
志起点 
 
そんな「自分ビジネス」のファンを作るにはまず、
 
1.自分から志起点の情報を発信する
 
ことです。
 
そして、
 
2.その発信源である自分のファンになってもらう
 
だけです。
 
まずはとにかく「自分から情報を発信する」これを始めましょう。
 
情報発信していると、
自然と自分のコンテンツ、自分の主張=志に共感していただけるファンができてきます。
大勢のファンを作る必要ありません。
自分の主張=志に共感していただける、濃いファンだけで構いません。
(初版代を回収する出版ビジネスではないので、多くのファンはいらないのです。)
そのファンの方に自分のコンテンツ(商品・サービス)をご提供すれば良いわけです。
 
まずは自分独自のユニークなミッション=志を主張として発信していきましょう。
そして、濃いファンをつくりましょう。
そのためにも、自分ビジネス作り、これから発信する情報や取組に対して、
すべて、『志起点』というアプリをインストールするわけです。
 
・志起点の価値提供
・志起点の自分商品開発
・志起点の自分コンテンツづくり
・志起点のブランディング
・志起点のライティング
・志起点の自分マーケティング
 
すべてを志起点で行うと、
自分が本当に選ぶべき選択肢が見えてきます。
 
志起点、
今日からおまじないのように唱えてみましょう。
 
蒼井でした。
 
P.S.
 
迷いは生じていませんか。
 
自分ビジネスを始めた!
ブログを書き始めた。
メルマガも配信し始めた。
 
でも、
アクセスはまったく伸びない。
メルマガも登録されない。
 
当然です。
味わいましょう。
最初からアクセスも購読もあるはずが、ありません。
 
迷ったり、
挫折しそうになったら、
志に戻りましょう。
 
自分が始める自分ビジネスを、
やる理由、
助けたいひと、
使命感・・・
 
ここに立ち返る。
志に立ち返ってみましょう。
 
志に立ち返って、
自分を信じて発信し続けることです。
 
必ず、
必ず、誰かが見つけてくれて、
アクセスが増えていきます。
 
自分を信じて、志に立ち返って、発信し続けることです。
 

電通の過労死問題 違法残業以外のもう1つの本質的原因

電通社員の高橋まつりさんの過労死問題を受けて、
電通では午後10時の消灯を行っている(らしい)。
 
午後10時に電源切れば、問題は解決するのかって、そんなわけはない。
午後10時に消灯するのはまったくもって、短絡的な現象=うわべへの対応。
この問題の本質にまったく手が付けられていないです。
 
第一、クリエイティブじゃない。
 
もちろん全ての社員が午後10に帰れるわけではないでしょう。
ただ、会社の姿勢として長時間労働をなくしていう一つの取り組みには違いありません。
 
ただ、高橋まつりさんの問題は、違法残業だけが最悪の結果の引き金だったのか?
程度の差こそあれ、同じような環境にいる(広告系シンクタンク)の私としては、
どうもそれだけじゃない。と激しく、強く感じます。
 
長時間労働、違法残業は勤怠管理表としてエビデンス(根拠)が残るので、
原因としては一番捉えやすいものです。
事実彼女の仕事、勤務状況は半端ないものでした。
 
でも、最悪の結末になったのは、それだけじゃないはずです。
 
仕事って、実際ものすごく忙しくて、
とにかく量をこなさなきゃならない時、時期は、ある。
 
電通という世界的な広告会社での仕事。
憧れで入った、好きで飛び込んだ仕事。
少々の激務でも、耐えられる。
耐えられるし、事実、耐える時期も、必要。
 
(そもそもワーク&ライフバランスは、生涯の中の長尺で考えるべきで
 1日の時間でワークライフ&バランスなんて、若い時は言わんでよろしい。
 ガンガンやる時期なのだ、本当は。)
 
確かに大変なプレッシャーと時間の戦いで大変な業務だと思います。
本当、大変な業務だと思いますが、
長時間労働だけが、トリガーでは、なかったのではないか。
 
この懸念は消えません。
 
特に若い時は、やること、こなすことに必死になる時期が、ある。
あるし、それはある意味で、その後の成長にも必要な段階。
 
当然本人は、大変です。
大変だからこそ、周りのサポートが必要になる。
 
この周りにいる人たちのサポート、ここに問題の本質はあるような気がします。
もっと彼女をサポーツするべきだった。
 
”周りにいる人たちのサポート”。
ずいぶん回りくどくオブラートに包むような表現です。
 
ストレートに言うと、パワハラです。
 
ひょっとすると、
勤務時間以外に、激しいパワハラがあったのかもしれません。
これは表には現れていないので全くの憶測でしかありません。
しかし、トリガーになったのは本当はパワハラではないか。
 
ここは残業時間のように定量化もできない。
定性的、具体的な数字、客観的な根拠ではなく、
感覚、主観的な見方しかできないので、なかなか立証の支えにはなりにくい。
 
立証の支えになりにくいし、
パワハラの存在を、誰も表には出したくない。
 
出せば、その罪は、直属の上長やその周辺にかかってくるでしょう。
 
長時間労働の数字的な根拠だけが一人歩きして、
表には出ていないパワハラ。
いくらかパワハラに該当する言葉があったという報道は聞きましたが、それはあまり論点化されていない。
 
私はここにこそ電通の高橋さんの事件の本質がある。
ここだと、思います。
 
組織や社会の中で、常に犠牲になるのは優しくて、
自分をあまり前に出せない、優しい人です。
 
自分の主張や、声が小さい人は、往々にして食い物=ストレスのはけ口にされやすい傾向が、あります。
私もそのような優しい人を、実際多く見てきたし、そんな仲間(同期であったり後輩であったり)を支えてきました。
 
ことの本質には、きっと激しいパワハラがあったと想像できます。
想像でしか、ありませんが、多くの悲しい事故の場合の原因はそこにあるような気がします。
 
だから、氷山の一角のように水面に表れている違法残業だけではなくて、
もう少し根っこにある、
深い問題を引っ張り出して徹底追及しない限り、
再発は防ぎきれないと感じています。
 
「組織なんて、面倒くさければ、いつでも抜けられる。」
とにかく、自分を、守ろう。
 
私も、プレッシャーだらけの営業から、
自ら企画書を出して、部署移動の辞令をもぎ取った経験があるので、とてもよくわかります。
 
今の環境が苦しければ、変わればいいし、
そんな組織なんて、こっちから引導を突きつければいいい。
それぐらいのスタンスで、常に組織には対峙するほうが、良い。
(組織、自分とも、お互いにね)
そのためのバックボーンになるのが、自分ビジネスなわけです。
 
そんな感じで、取り組んでいっていただけたらと思うし、
これからも引き続きそんな方々をサポートしていきたいと思います。

五月病、なってない?営業向いてない?・・・だったらこうするべ!

どうも、蒼井です。

 

サラリーマンのみなさま、特に新入社員のみなさま、
五月病なってない?

新規配属、
必ずしも自分の希望の配属先じゃない?
臨まない部署、企画志望なのに、たとえば営業に配属された・・・

 

いいじゃん。
今だけなら。

 

希望の部署ではない。
その環境を、味わおう。

そして、こう考えよう。

「まだ、その時期じゃ、ない。」

その時期じゃないだけのことで、ぜったいにあなたの望みは叶うから。

大丈夫、望みはきっと叶う。

ただし、本当にやりたいこと
希望する部署があるなら、
そこから抜け出す努力をしよう。
自分が望む部署や、職種、勤務地を、求め続けよう。

 

営業がいやなら、この先ずーっと、
いやなことに我慢をし続ける事は、まったく、ない。
我慢していやな仕事をする必要は、まったく、ない。ない。

 

脱出する努力をしょう。

 

そんな僕も営業がいやだった(この文脈は私より僕の方が、合う)。
人付き合いが嫌いでいやだった。
家で一人でゆっくりするほうが、大好き。
接待なんて、ぜったいイヤ。めんどくさい。飲みたくない酒まで、飲むのはイヤ。

だから、広告代理店で最初に配属された営業がイヤでいやでたまらなかった。

広告代理店志望なのに、人付き合いが苦手という・・・。
そして営業。

逃げ続けた。
というか脱出する努力をし続けた。

そもそも人付き合いが嫌いな人間が広告代理店に入るな!といわれそうだけど、

企画やマーケティングがやりたくって僕は広告代理店を希望した。

 

でもね、
新卒入社、いきなり
最初から企画やマーケティング、させてくれるわけ、ないじゃん。
当たり前だけど。

 

でも、1,000万回以上、言い続けた。

言い続ける以上、
それなりの努力も、やった。

結果、時間はかかったけど、
今は、入社するときの希望だった、マーケティングの部署で
マーケティング・プランナーをやってる。
バリバリ、超セクシーなマーケター笑。

この文章も、さくらという新幹線の中でポメラで書いている。
企画書作成の合間にね。

なんとかたどり着いた希望の部署で、
なんとか、お仕事、やってるわけさ。
アホ上司に囲まれながら。

 

 

前置きが長くなってしまいました。

自分の望みが叶う瞬間というのは
例えばトンネル工事の開通の瞬間というイメージに近い。

トンネルはふつう、反対側からも堀り進めて、
両方が繋がったところでめでたく開通式になる。

望みを叶える行程は、
“向こうから同時に掘り進めていることを知らさせていない
トンネル工事”みたいなものをイメージを想像するといいよ。

ふつうは双方から掘り進めてくるけど、
この希望が叶う瞬間!に似ているというトンネル工事は
向こう側からも掘り進められている事を、知らされていないトンネル工事。

 

がんばって、
もがきながら(苦しいよね、分かる)、
コツコツひとりでトンネルを掘り進めている。
でもでも実は実は、自分が知らないだけで、
向こう側からも掘り進められている。

そしてそして、
ある日ぱっかりと光が見える穴があく。
・・・・・わけさ。

自分が知らなかっただけで、
実はそのトンネルは向こうからも、掘り進めてきてくれていた。

夢が叶う瞬間というのはそんな開通のイメージ・・・・・。

勝手に自分の知らないところで誰かが動いてくれていたり、する。

だから、
勝手に、壁が自ら、崩れる。
穴が勝手に、あく。

自分の本意でない部署
いやでいやでたまらない上司や人間関係の部署
早く、本社へ戻りたい

大丈夫。
それは必ず叶うから。
そのための、努力だけを続けよう。

 

その努力だけ続けていると、
意外にも、全く違うところから、目的が達成される。

自分の希望する部署で、突然、だれかがやめて欠員が生じる。
自分の希望する部署が、戦略変更で、増員される。
今の部署で苦しめられてて、
イヤでイヤでたまらない上司の方が、突然人事異動になる。
本社での戦略変更で、戦力人材とし希望部署に指名される。

そう、自分の手の届かないところで、
自分以外の環境というモノが勝手に変わることが、ある。

 

越えられないと思ってた壁が、勝手に崩れていく感じ・・・
一人で、黙々と掘っていたトンネルが、
実は反対からも誰かが掘ってくれてて、
突然、そのトンネルが開通してしまった。

 

”開通してしまった。”

 

そう、向こうから勝手に穴があいた・・・・・

そんなイメージに、近い。

自分の手の届かないところで、
勝手に、物事が動いている。

自分の努力以外のところで
自分の希望するカンキョーへ動いている。

引き寄せの力を信じよう、というわけでもない。

自分の周辺から、勝手に変わってくることがある。

今はまだその時期じゃない

ただそれだけなんだ。

営業がいやなら
営業に向いていないなら
自分が望む部署に
自分から人事移動を発令させれば、いい。

 

僕は自ら、自分の人事異動の企画書を書いたんだぜ。
それを当時の社長や専務、取締役に送った。

そして営業から、
念願のマーケターに、なった。
そんな自ら人事異動を発令させた企画書。

こちらにあります。

 

こんな視点で、
自分の人事異動発令企画書を書いて
TOPに投げ込んでおけば、
人生、変わる。

 

本当に自ら自分のポジションを変えたい。
そんな気概のある方だけ、
ご参考にお使いください。

 

必要な人にとっては、価値があるけど、
必要ない人に取っては、
その気のない人にとっては
ハードディスクのゴミでしかないから。

 

P.S.
ポイントは投げ込み先。
人事部ではない。

社長、オーナー、取締役など。

彼から人事部に言わせるのだ。

そんな劇薬企画書(だれもそんなことしないからチャンスがある企画書)です。

 

がんばれ!

 

 

 

パラレルキャリア・マーケティング

 

なんか、すっごくアホくさくなってきたからこそ、
”蒼井のマーケティング”をみなさんへ提供します。

パラレルキャリア・マーケティング

 

アホくささの理由は・・・・・
お話しは昔にさかのぼります。

 

内気だったからこそ、進化したスキルがあった

会社に入ったばかりの 頃。
不本意な配属先だった営業。
絶対に向いていない営業でした。

生い立ちや性格、子供の頃からの遊び方のスタイル、
小学校のころ、絶対あだ名で馴れ馴れしく呼ぶことのできなかった友だちが、
数人いました。
それくらい人付き合いが苦手。
コミュニケーション下手。

そんな素地があるので、どう考えても、
営業には向いていない。

ノルマや数字、達成する自信があるほど、
単細胞ではないし(笑)。

営業が嫌だったから、
なんとか自分の居場所を確保するために、
マーケティングや企画の勉強を、アホほどやりました。

とにかく、
組織の中で自分を差別化することに必死でした。
なので、
マーケティングやプランニングについてのスキルを鍛えまくりました。

多分、
当時(きっと今でも)社内の誰よりも多くの本を読んでました(読んでます)。
「宣伝会議」(という業界のクリエイター養成学校みたいなところ)にも半年間通ったり、
自腹でのセミナーにも借金して参加していました。

とにかく、営業が嫌だった。

営業から逃れるために
必死で、マーケティングを勉強しました。

 

 

あなたの進化を疎む(うとむ)存在 それはあなたの周りにも、居る。

そして、
ある程度、自分なりのノウハウや考え方、理論的なスタンス、
独自の作法というものができてくると、
今度はそれを良しとしない、同じ会社の上司が邪魔をし始めます。

自分より優れた部下がでてくるのは、うざい。
「マーケティングや企画は、私が一番詳しいのだ。」
と勘違いする上司・・・。

そんな上司は、日本中、どんな立派な組織でも、
程度の差こそあれ、います。

そんな上司が、私を論破してやろうと、ガンガン、上から蓋をしようとしてくる。

「自分より、マーケティングに詳しい人間がこの会社に居ることは許さない。」
そんなスタンス。

提案すること、
しゃべること、
意見具申・・・

すべて、自分の考えで”上書き”してくる。

「おっさん、俺より経験あるのに、俺をライバル視してんのか?
 バッカじぇね~。」

そんな大人気ない上司の下で働くのは、辛いでっせまじでしかし。

20代空30代半ばまでは、
そんな感じで、社内でナンバー1のマーケターを目指して
まっしぐらに闘ってきました。

 

 

広告代理店のマーケティング専門の部署への異動

 

その努力のおかげだと思います。
自分の希望部署への移動、営業から、マーケティング部門への移動となりました。

その時に、自ら人事異動を発令させた「非常識な企画書」は、
メルマガ会員さま専用サイトで公開してますので、
よかったらごご覧ください。

(このメルマガの読者の皆さんも、営業からの移動を希望している方がいらっしゃれば、
 お役に立てるかもしれません。そんな方のために公開させていただきました。)

 

最前線バリバリのマーケター

希望の部署に移ってからは、
お得意先のために、マーケティングの提案や企画をガンガン、出していきました。

もっと良い提案をするために、
プレゼンで競合の広告会社に勝つために、
さらにマーケティングの勉強を続けてきました。

さらにマーケティングの勉強を続けてきたのですが・・・・・・・

ふと、

思ったのです。

「あほくさ」

 

 

誰のためのマーケティングやねん?

あほくさ

そう、あほくさくなってきた。

社内でマーケティングのトップを目指してきた。
50過ぎても会社にぶら下がることに必死な、
あほ上司を論破倍返しするために、
マーケティングを勉強してきたこと。

クライアントの企画のために、
競合の広告会社に勝つために、
マーケティングを勉強してきたこと。

それが、
「あほくさくなってきた。」

クライアントのため?
あほくさ。
広告屋やコンサルは、所詮第三者。
本当の商いのリアリティ(厳しさ)と喜びまでは、
決して握りあえは、しない。

競合の広告屋に勝つ?
もっと、あほくさ。
俺の価値を求めてるのは、マーケットやで。
競合に勝つのは目的なんかじゃないじゃん。

常に自分が主役のボケ上司に勝つため?
もう救いようがないくらい、ドツボ的あほくささ。
そんな社内にしか生き場所がないおっさんに勝つために、
俺、マーケティング勉強してきたん、ちゃうやろ。

 

 

マーケティングを我のために使うぜよ

もっと、自分のために、使おうぜ。
もっと、自分のために、
今まで投資して学んだマーケティング、
実務で学んだマーケティングを使うべきじゃん!

今まで、そんなあほばかりに気を取られてて、
本当に大切なことに、
自分に使うということに、気付いていませんでした。

なので、
これからは、
今までの自分のマーケティングのノウハウを、
「自分ビジネス」、「自分メディア」、「自分ブランディング」のために、使います。

「自分ビジネス」を、すべての起点にしていこう。
「自分ブランド」を大きく育てるために、
そのマーケティングノウハウを徹底的に、使っていこう。

50過ぎてもぶら下がる、
まして60過ぎでも他人が作った会社のおこぼれもらうしか、
視点を持っていないあほ上司や世渡り上手なだけの同僚・・・・・。

そんな奴ら、きっと絶対、そんな発想は
持ってやしないぜ。

 

 

仲間にシェアしていこう

自分の商いなら、成果の責任はダイレクト。

リアリティ、緊張感や達成感がまったく、違う。

う〜んこれは、かなりセクシーでワクワクしてきますね。

「自分ビジネス」

それは会社を辞めなくてもできる環境は今、整っています。
ブログやメルマガで「自分メディア」を作って、
オリジナルコンテンツを発信して、
必要なものを、必要な人に提供する。
そんなグレートな「自分ビジネス」。

 

 

「自分のため」の「自分ビジネス」作りをシェアリング

なのでこれからのメルマガや蒼井のブログコンテンツは、

そんな「自分のため」の「自分ビジネス」作りに特化していきます。

蒼井ブログの読者は、既に私の仲間です。
私のそんな経験やマーケティング・ノウハウをシェアしてまいりますので、
ぜひぜひ、あなたご自身の「自分ビジネス」のヒントにお役立てください。

誰も幸せになんかなれない、
商材レビューとくそみたいなボリュームだけの特典をまぶしてお得感でアジテーションするだけの金太郎飴敵既存あほアフィリエイターとの違い。

(おいらあんたから買ったけど、あんたにはとても追いつけん。学んだのは絶望感だけやん。一体どない進めたら、ええねん???)

こんな気持ちになる人を、もう出さんように、するのだ。

そんな輩と比べて、
リアルな”マーケター”としての蒼井の違いをこれからお見せしますね。

お楽しみに!

蒼井の言う「自分ビジネス」ってなんやねん?

それは前回のブログにかなりのヒントをブッ込んでます。

蒼井でした。

P.S,
今、宣伝会議という雑誌の3月号、読んでます。
「Webコンテンツの文章術」が特集されてて、
個人的には☆☆☆3つ。

コンテンツのネタだしのやり方とか、
『しらべぇ』編集長タカハシマコト氏が語っています。

情報商材なんかではなくって、
たまにはこういう全うな情報から、
学ぶことも、ライティングの幅、奥行きを広げるために必要ですね。

 

P.S.2

h1,h2,とか、SEOを意識したらめんどくさいね。

コンテンツ発信のスピートや、コンテンツの勢い、伝えたい情熱みたいなもんが、そがれるね。
ライブ感、生感が、消える。
リアルな揺らぎにこと、伝えたい情熱が乗っけられる気がするのに。
SEO意識すると、そんなところとの情熱とのせめぎあいになる。
だからあまり意識しなくてもよい。と最近思うようになりました。

 

 

自ら人事異動を発令させた【非常識な企画書】はこちらで配布中です。

 

組織の中で自分のやりたい部署に移籍できる力を身につける

もしたとえば、
営業なんかやりたくないし向いていないのに今営業をやっている。
本当は企画やマーケティングをやりたかったけど、
毎月ノルマ達成に不安な毎日を送る営業職にいるとか・・・。
であれば、
組織の中で自分のやりたい部署に移籍できる力をつけたらいいわけです。

そしてネゴシエーションも含めて、会社にプレゼンする。
そして、自らの手で移籍する。

私がそうしたから。

営業なんて向いてないし、
会社員であり続ける以上、ずっと営業なんてと思ったら、
・・・・・・お先真っ暗だった。

だから、役員に自らプレゼンテーションした。

ここではそんな私の”自分プレゼンの企画書”も含めて、
そんなのノウハウをシェアします。

 

【初公開!人事異動の夢を叶えた “非常識なナマの企画書】 

自ら人事異動を発令させ、希望の部署に就いた【非常識な企画書】です。

当時の企画書をそのまま、ご覧いただくことができます。
もちろん守秘義務に係る部分は目隠しをしています。

このレポートは、私の宝物です。
社会人になって、希望しない営業に配属されながらも、
自分が就きたい部署へのこだわりを捨て切れなかった。
常に営業からの移動を願いながら、満を持して経営陣に提出した、
自分の人事異動を願うという、「非常識な企画書」です。
そして自分の希望のポストを獲得した、「ナマの企画書」です。

今まで誰にも公開していない、「秘密の企画書」。 

だからダウンロードいただいた方以外が使用することを固く禁じます。

それはダウンロードしていただいたあなたと、私の契りであると同時に、
ライバルを増やしてほしくないからです。

ぜひ、社内でこっそり参考にしていただき、
自分の理想の部署への移動をかなえてください。

このレポートには企画書の作成ノウハウも詰まっています。
企画部門、プランナー志望であればそのまま役に立つはずです。

企画志望でなくても、ものごとの考え方、運び方の本質は同じです。

 

企画書の無料ダウンロード方法は 

この企画書のダウンロードですが、
ブログ記事の最後のところ、
一番下の登録フォームでご登録いただくと、
なんと、
あなただけのマイページが作成されます。
もちろん無料です。

以下がそのマイページです。
このマイページ内の赤枠のところから企画書PDFファイルをダウンロードできます。

 

このスペースには、ダウンロードいただける
武器としてのコンテンツを徐々に増やします。

私の企画書の元になったマインドマップや、
コンセプトを作るための作法などもご用意しています。

遅々として、増やしておりますので、ボチボチ、
お楽しみに、お待ちしながらご期待ください。

 

自分のやりたい仕事に就けてから=生命線を担保してから、パラレルキャリア(複線的な仕事や収入)を目指せば良い。

当たり前だけど会社は永遠ではないし(知らないうちに突然死がある)、
永遠ではないけど生命線と担保しながら
こっちの都合がいいように徹底的に利用すればいいのです。

DNAの二つに交わる螺旋のようなイメージ。

飯を食うための生命線のライスワークと
自分の自由を担保するための、ライフワーク。

そのための、武器はいろいろ準備します。

 

【3つの突破口】自分のビジネスをつくろう!

コンテンツの仕入先は
大前研一氏やさとなおさん(元電通)他はもちろん諸々、
昨今はやりのマッキンゼーなんかのビジネスの本流はもちろん、
神田昌典氏等のゲリラマーケティングも含め、
極めてクリティカルに、冷静な目線で取り込んで、
広告代理店系シンクタンク目線で解剖して、
そっからエッセンスだけ抽出して抽象化し、
いろいろと使える”自分ビジネス構築ツール”にしています。

それをプレゼンのモジュールに練り上げてみんなで一緒にシェアしませんか的な、コミュニティ。

それが、【3つの突破口】自分のビジネスをつくろう!

自分のステージを、社内で、社会で、コミュニティで上げる。
居心地のいい場に、移動させる。

私は本業ではシンクタンクの主任研究員として
常に最前線のマーケティング手法やトレンドの把握。分析などを行っています。
(いまはえらそうなこと言ってますが、
 毎日ノルマに追っかけられている広告会社の営業マンでした。)

次に何がブームになるか。
兆しを捉えて(その兆しの種を広告代理店に渡して)
世の中の流行り、空気を作る。
トレンドにする。

そんな仕組み・スキームが、トレンドの背景には、実はあります。
(もちろん全てとは言いません)

役得上入手できる今後の流行りやブーム、
トレンドの予測などから、次の打つべき手、
使ったら効果的なマーケティングのノウハウやなどをシェアする場
=コミュニティ=みんなで共有する場、にしたいなと思います。

実業のビジネスの職務規定に違反しない範囲で、
最新のトレンドやビジネスの兆しを料理する。

シェアするのは他に
コンテンツの作りかた、
効率的なブログのコンテンツ作りのコツとして
私が開発した方法(WファネルプラットフォームTM)などについても
徐々に触れていきたいとおもいます。
(これは徐々にカタチを現します。いずれオリジナル教材する予定。
 ぜひ、教材メイクのスタート現場にお立会いを。)

そのほか、
私の本業での実務の最前線のマーケティングやコミュニティの手法
アイデアの出し方、
マインドマップ、
ブログコンテンツの書き方の型(フォーミュラ)、
コンセプトメイクの作法、
モチベーションの維持、
弁証法(次の一手を予測するフレーム)
コンテキスト思考(コンテンツはパクられるけど、コンテキストはパクられない)、
アナロジー思考(オリジナルコンテンツを無限に作り出す思考法)、
ビジネスのスタード時のタスク管理表(エクセルベース)、
などなどなどなど、
様々な”自分ビジネス構築ツール”をシェアしたいと思います。

同時にメールマガジンにも登録されます。
と言っても主にコミュニティのコンテンツ変更のご案内か、
ご要望やシェア事例をいただくアンケートみたいなものです。

不定期ですが、私のアンテナにかかった情報をみなさんに、
シェア(共有)したいコンテンツに料理して、お届けしていきます。

人生は短い。
組織の中でも、やりたい仕事に就いて、
幸せに生きよう。

自分の人事異動を直談判したホンモノの企画書は、
以下のフォームからどうぞ。 

もちろん、無料です。

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幸せについて語る理由 

大好きな谷川俊太郎の詩です。

芝生

“なすべきことは”すべて細胞に記憶されているわけです。
だから私は人間の形をしてここにいて、睡魔と闘いながら
仲間のためにパラレルキャリ実現アブログを書いている。

なすべきことはたくさんあります。
私たちは誰もが幸せについて語らなければなりません。

それはほんの些細なことです。

毎朝元気に起きて朝ごはんを食べること
(朝が早い)豆腐屋のおやじに怒られる前に朝刊をとどけること

好きな人ができる(つくる)こと
その人を幸せにしたいと思うこと

健康で(可能であれば出来るだけ)長生きすること
不幸な人をたくさん作らないこと

自分がやりたいことを実現すること
お金を稼ぐこと(それは極めて正しいことです)

理不尽な要求には徹底的に歯向かうこと
可愛いと思った子は食事に誘うこと

苦しんで人を助けること(せめて自分を信じてくれる人だけでも)
一緒にがんばる仲間をつくること

清潔なシャツを着ること
両親が生きてるうちに親孝行をすること

なすべきことはいろいろあると思います。

そんななすべきことはすべて
私の細胞が記憶しているわけです。
だから私は人間の形をして
今こうしてブログを書いているわけです。
幸せについて語るために。
そしてそれも細胞に記憶されたなすべきこと=使命なわけなのです。

谷川俊太郎は
高校生のころ傾倒しました。
高校は公立ですが奨学金を借りてたくらいなので
あまり家にはお金はなかった。
でもおかんは「本だけはなんぼでもこうちゃるけんな(買ってあげるから)」と
口癖のように言ってくれました。

『芝生』という詩は
その頃買った、「夜中に台所で僕は君にはなしかけたかった」という
奇妙なタイトルの薄っぺらな詩集のなかの一篇です。
もう一冊本屋さんに注文して
高校の卒業直後に好きだった女の子に
最初で最後のデートの時、プレゼントしました。
その日「クロコダイルダンディ」という映画を見て、
スパゲティとミックスジュースを飲みました。
その後彼女は京都の大学に行きました。
(でもただそれだけです)

それが私の細胞にインプットされた、
当時の“なすべきこと”だったのかもしれません。

詩は情報量が少ない分、
私たちに想像する自由を担保してくれます。
解釈に正解なんてありません。
自分の好きなように解釈の幅を広げれば良いわけです。

さらに詩は極めてシンプルに研ぎ澄まされたコトバのエッセンスです。
捨てさられた部分が多いからこそ、
残った僅かなコトバにものすごいパワーが宿ります。

それはパワースポットに近いものだと思います。
古い大木や神社がパワースポットというのは、
その場に長い歴史が蓄積されていて、
現在という一瞬に凝集されているからだと思います。

どんなに歴史や豊かな経験を経たものでも、
今眼の前で見ているという“一瞬というコマ”でしか、
私たちはそれを観ることができません。

膨大に蓄積されている過去の情報は、
今見ているという瞬間においては、
隠されている(捨てられている)わけです。

捨てられた情報や
隠されている情報が多いほど
残された建物や木や
すごいパワーが宿ります。

それがパワースポットの所以です(たぶんきっと)。

詩も同じです。
少ないコトバに下には
多くの捨て去られたコトバや感情があるわけです。
だからこそパワーがある。

人も同じです。

いろんな経験やたくさんの苦労をされてきた方のほうが
見てくれは同じ35歳男性という仕様であっても
まったくパワーが異なります。

だからいろいろと体験、吸収することがパワーの源になります。
起こっていることに無駄なことは何一つありません。
焦らずにパワーを蓄積していきましょう。

そして大切なのは即効性を狙わないことです。
短期的なゴール、すぐの効き目を狙わないことです。
東洋医学で最も上位に来る薬は
「効くのかどうかはわからない。けれども命を養うのに大切な薬」だと言われます。
ゆっくり歩くと、健康的です。
健康的だと長く遠くまで行けます。
長く遠くまで歩くと、必ず目指したゴールにたどり着けます。

明日からの企画に即役立つノウハウが得られるセミナーなんて、無いです。
スマホをタップするだけでお金になることなんてありえません。
何もしないで楽に稼げる方法なんて、無いです。

ウサギはカメをみていた。
カメはゴールを見ていた。
見極めたゴールだけを見続けましょう。

なんか徒然なるままの随筆になってしまいましたが、
時々自分のルーツに戻りながら、
私の使命を再確認して、ブログを続けてまいります。
今後ともよろしくおねがいいたします。

最後まで読んでいただいたあなたのセンスに感謝します。
ありがとうございます。

「人を大切にする経営学会」が誕生しました。

人を大切にする経営学会」が誕生しました。 まさしく、私のフィロソフィーでもある 「優しくて性格の良い人が苦しまない社会の仕組みづくり」を目指す学会が誕生したわけです。   こんばんは。蒼井です。 今日は嬉しいことがありました。   「人を大切にする経営学会」   その設立総会が本日2014年9月23日、 法政大学さったホールにおいて開催されました。 (日本でいちばん大切にしたい会社の著書、坂本光司先生で有名です)   代表発起人は清成忠男元法政大学長、 藤井基之文部科学副大臣及び 山本香苗厚生労働副大臣のご来賓がありました。   私が一緒に仕事をさせて頂いている大学の教授も、 本日の設立総会のパネラーとして参加し、 企業事例を話題提供されました。   “人の幸せを重視する経営の実践こそが、 結果として企業に安定的な好業績をもたらす“   そんな視点の経営学の普及と実践を目的とした学会のスタートです。   企業経営、個人授業主の最終的な使命は、 紛れも無く“幸せな人をつくること”です。   どんなことがあってもこれは絶対に。   ”不幸な人を生まない”   「人を大切にする経営学会」は 企業経営の究極的な目的を人の幸せにおくことで 従来の経営学における企業経営とは 若干異なるスタンスになるでしょう。     幸せな人をつくる。 不幸な人を生まない。   それが経営の本当の意味であり使命です。   今回の学会の設立で 企業経営にこのような空気が整い始めたとはいえ 現実的にサラリーマンは雇用される側として、 まだまだ苦しい環境が続きます。   給料は伸びないのに、 子供は学校に入学、 ローンを組んで購入した家や車の支払いなど 出費は増える一方。   だからといって副業をしようにも、 就業規則により副業は禁止されているサラリーマンがほとんどです。 忙しいサラリーマンにはそんな時間もないかもしれない。   しかし、そのような環境の中でも そんな「二足のわらじ」を成功させ、 副収入をゲットしている人は少なからずいるのです。     私は常に シンクタンクでのドロドロの実務の最前線と、 研究者の情報や学者とのお付き合いもバランスよく活かしながら、 客観的にバランスよく最適な副業モデルを絞り込んでいます。   現在、 日本マーケティング学会、 日本プロモーショナル・マーケティング学会にも所属し、 最新のマーケティング情報を担保するルートを確保しています。   (論文の執筆の誘いも頂いているのですが、 多くの方に伝え、深化させるためには論文という手段よりも ブログのほうが適切であり、このように情報発信にチカラを入れているところです。)   ・マーケティングの最前線の実務家の経験 ・学者のネットワークやそこから得られる知見 ・ベースとなる譲ることのできない想い(どんなことがあっても錨をあげることはない志)   この3つの視点を偏りなく混ぜながら、 これからも最適解に限りなく近い副業のモデルを絞り込んでいきます。 ご期待くださいね。   最後まで読んでいただいたあなたは、きっといかしたセンスをお持ちです。 ありがとうございます。   P.S. 人を幸せにするという目標のために 企業はその手段して、利益を出さなければなりません。 利益は目的達成のための手段です。   だから人の幸せを追求するためには、 利益という手段には絶対固執すべきなのです。   副業というスモールであればなおさら利益には固執するべきで、 お金という手段があれば 命を救うという目的も達成することができる。   お金があることで 様々な安心を得ることが可能になります。   戦略的に副業に取り組んでいきましょう。    

私の使命 私の決意 「優しくて性格の良い人が苦しまない社会の仕組みづくり」 その想い

私は現役のシンクタンクの主任研究員です。

シンクタンクでの最前線のマーケティングや戦略に関する情報や実務経験を元に

「優しくて性格の良い人が苦しまない社会の仕組みづくり」を実現するための手段として、誰にでも取り組めるビジネス、副業をお伝えしています。

 

こんばんは、蒼井です。

今日はどうしてもお伝えしたいことがあります。

私の今がある理由、このブログを立ち上げたいきさつについて、お伝えしたいと思います。

 

お気を悪くされる方があるかもしれません。

もし途中でご無理なようであれば、最後まで読んでいただくことはありません。

しかしこれは私の身に起こった事実です。

 

現実の仕事の世界は優しくて性格の良い人ほど苦しむ社会になっています。

“生きていく糧を得る手段でしかすぎない仕事”に、非常に大きな苦しみを抱えている多くの仲間を知っています。

事実私自身もそのひとりでした。

 

私は身近で大切な仲間を3人も現実の世界から永久に失っています。

中学から高校まで6年間一緒だった同級生、

同じ会社に同期で入社した同輩、

そして従妹の夫。

3人とも私と年齢はほぼ同じです。

“生きていく糧を得る手段にしかすぎない仕事”での人間関係への苦しみが引き金での自殺でした。

 

自分の身近で年齢もほぼ同じ仲間が3人も、自ら命を断ってしまうというのはあまりにも異常な社会です(それはたまたま私の周りで起こっただけなのかもしれません)。

 

みんな優しくていい奴だった。それゆえ組織の中では苦しんでいました。

何気ない笑顔の下にはいつも出口のない不安と終わりない苦しみを抱えていたのです。

本人の適応力や資質、努力の不足と評されるかもしれません。

しかし彼らはみんな毎日自分なりに全力で戦っていた・・・・・。

 

 

中学校の下校のときに初めて話した彼は、とてもたくさん本を読んでいて、物知りでした。

大学を出て初めての会社で激しい上司の真下で出社拒否になりました。

(このときの話はひどかった。パワーハラスメントというよりいじめでした。同じ上司に苦しめられた仲間も多かったと聞きました。しかし会社はその上司を罰しません。)

アパートに引きこもり退社。その後職を転々としていました。

マルチレベルマーケティングの誘いがあった時、私はとてもひどい断り方をしました(マルチレベルマーケティングは彼にも私にも向いていません)。

 

同じ会社の同輩はよく朝のバスで一緒になりました。

新しい部署が合わないと良く漏らしていました。

確かに営業には向いたいなかった。(組織はよくこのような不適材不適所を平気で行ないます。嫌ならやめるしかない。)

会社を去ってから家庭環境などが変わったらしく、しばらくして訃報を聞きました。

 

従妹の夫とは、結婚式の時と、田舎の実家で法事やお盆に数回あったことがあるだけです。

会社が嫌で、やめて独立して事業を始めたと聞いていたのにショックでした。

学生時代、大阪で新聞奨学生をしていた私は日曜日の晩ご飯を、よく従妹の家で食べさせてもらいました。

従妹も決して豊かでなかったので、糸こんにゃくをサラダ油で炒めたものがおかずだった日には、いって悪かったなと思いました。

現在は兵庫県で非正規雇用の介護の仕事で、娘をひとりで一生懸命育てています。

残された従妹とその娘、その様子を考えるだけで胸が痛みます。

 

みんなやさしくてとても性格が良かった。

ただ器用な立ち振る舞いができなかった。

朴訥で純で気が優しい。

だからいつも声が大きく、強いものに上から覆いかぶされる。

 

人財を潰す上司は存在します。だからある意味人災といえます。

 

しかし組織は、辞めて会社を去る側にこそ落ち度がある、という見方をします。どんな時も、必ず。

 

当時の私はなにもチカラになることができないことを悔やみました。

そしてそんな仲間が身近に3人も、自分の同じ年齢でいることに、この社会の異常さを考えました。

 

世の中には彼らと同じように

“生活の糧を得る手段でしかすぎない仕事”で人間関係に苦しみ、明けることのない夜に、圧し潰されそうな胸を抱えて眠れない夜を過ごしている人がたくさんいます。

 

事実私もそうでした。

 

転勤直後、とにかく口をきいてくれない上司の対応がきつく、

私は営業の途中アパートに帰り、妻の前で泣いたこともあります。

(よくクローゼットを開けて、頭だけ突っ込んで泣いていました。)

 

彼らは大切な自分の命と引き換えに、私に大きな“使命”に気づかせてくれた。

私はそう解釈することでかろうじて、私にも伝播しかけた負の連鎖、自我の崩壊を防ぐことができました。

 

 

“組織や社会にそんなやさしい人財を救う仕組みがないのであれば私が用意する。”

 

それから仕事が終わってから毎晩様々な方法を調べ尽くしました。

お酒を断ちました。夜お酒を飲むと、寝てしまうからです。

慣れるまでの3週間、激しく自分を律しました。

 

私の本業の仕事も幸いでした。

シンクタンクの研究員というは、常に実務の最前線で、限りなく“解”に近い、次の打ち手を社会や企業に提案することを生業としています。

環境変化や社会の構造変化をいろいろな確度から見ながら、最適な次の打ち手を提案するというのは得意技です。

私の普段の仕事の手法と経験を、組織に縛られない仕事、不安を減らすための副業の発見と開発に応用しました。

 

私たちの実務ではいつも「クリティカルにモノを見よ」と言います。

クリティカルシンキングと言います。

コンサルタントの基本スキルで、

「簡単には認めない、受け入れない、厳しく、批判的に物事を見る姿勢」です。

 

私はこのクリティカルな曇りなき眼でビジネスの可能性を判断します。

 

優しくて人のいい人財が、これ以上苦しまない仕組みを提供していくために。

 

どんなことがあってもこの気持ちは絶対に譲りません。

 

なぜなら、個人が人間関係に苦しまない仕事、あるいは副業が担保できるということは、

命を救うこともできるからです。

 

必ずみなさんのお役にたちます。

 

最後まで読んでいただいたみなさま、

本当にありがとうございます。

 

プロローグ.はじめまして

はじめまして。 蒼井(T.Aoi)といいます。 ブログをご覧になっていただきありがとうございます。 昼間の仕事はシンクタンクの主任研究員。 現役のサラリーマンです。 仕事を終えた後は自分のビジネスをもつ、一事業主でもあります。 どんなに安全性に優れたドイツ車にもスペアタイヤ(あるいはそれに代わる装備)を携えているように、サラリーマンにとって、いざという時のスペアタイヤとしての収入源、生きていく糧を得る手段を整えておくことは必要です。その結果、背伸びをしない、ありのままの自分で過ごせることも可能になります。 そして本ブログでは、 シンクタンクの現役研究員としての現在進行の実務経験を元に「優しくて性格の良い人が苦しまない社会の仕組みづくり」の手段としての副業について情報発信しています。   現実の仕事の世界は優しくて性格の良い人ほど苦しむ社会になっています。“生きていく糧を得る手段としての仕事”に苦しんでいる多くの仲間を知っています。事実私自身もそのひとりでした。   シンクタンクという仕事柄、多くの企業を調べてきました。程度の差こそあれ累計1,000件以上の調査を行ってきました。今も多くの調査やマーケティング企画の提案を抱えています。 その実務経験から言える確かなことは、どんなに大きな会社でも、危機は突然やってくること。(その危機は規模が大きな会社ほど、末端社員には予兆すら感じ取れない) そして組織はその危機を乗り越えるために一個人をゴミ同様な扱いで犠牲にすること。 私はそのことを(関与先やお得意先との)実務を通じて痛いほど知っています。 私も現役サラリーマン、決して他人事ではありません。 往々にしてそんな社会、組織の犠牲になるのは、優しくて性格の良い人です。 優しくて性格の良い人、そんな人こそ社会や会社の犠牲になることなく、その素晴らしいキャラクターのまま生きて欲しい。 一個人で社会の仕組みを変えることは難しいかもしれません。でもその実現のために個人が整える手段、仕組みを整えることは可能です。 私が「優しくて性格の良い人が苦しまない社会の仕組みづくり、あるいはその手段をつくる」を目指す理由やその価値、意味合いをお腹の底からご理解いただくには、まず私が歩んだ道とそのきっかけをお話しすることが、一番だと思います。 私が本ブログでお伝えする、最新のマーケティング手法や実務での気づきを応用する副業プロジェクトは書物の中にあるような透き通ったマーケティングではありません。同期に抜かれた悔しさや永久に失ってしまった仲間のこと、その仲間を救う手段を何ももっていなかったこと・・・・・そんな想いが土台になって出来上がった、汗や涙や手あかでドロドロになった実体験そのものです。 だからこそ私の詳しい実体験をお話しすることは、みなさんのお役に立てると信じていきます、きっと。 戦略的副業プロジェクト誕生物語。 どうぞお楽しみください。 第1章.とにかく奨学金、奨学金  子どものころ〜学生時代      

第1章.とにかく奨学金、奨学金、奨学金!  子どものころ〜学生時代

(家にトラックしかなかった子供のころ) 私の父は中国地方の盆地で大工を営んでいました。子どものころ、私の家には大工用のトラックしかありませんでした。トラックには後部座席が無いので3人しか乗れません。6人家族全員そろって出かけた思い出はまったくありません。 母はスーパーの掃除係。トイレの掃除もやり、今でも続けています。だから私はスーパーのトイレで掃除をするおばちゃんを見かけるたびに心の中で挨拶をします(口に出すのは少し照れるので)。そしていつも母の苦労を思い出します。 家族全員乗れるクルマが無いので、出かける時は母がスーパーカブで先導をしながら私と二人の妹がその後ろを自転車でついていきました。カブと3台の自転車は15キロ離れた“街”まで出かけます。イズミというショッピングセンターで、「寿がきや」というラーメンを食べるのが至極の楽しみでした。母は良く私に「本だけはなんぼでも買うちゃるけんな」と言ってくれました。確かに貧乏でしたが本だけはたくさん買ってくれました。 (高校から既に奨学金) 高校は田舎の公立高校でしたが家が貧乏だったので奨学金で通いました。 高校の奨学金は中学校の担任の先生による予約で申し込んだのを憶えています。今から思えば先生にも貧乏そうに見られていたのかもしれません。 大学は「蛍雪時代」の広告で見た読売新聞の新聞奨学生を志願しました。 (新聞社の奨学生をやっていると、あわよくばその新聞社に就職できるのではという甘い魂胆もありました。結局、実現しませんでしたが。) 大阪の八尾市の高安というところで配達を始めました。これは想像以上に苦しかった。朝4時起き。卒業するときにデオデオという家電量販店で父が買ってくれた目覚まし時計で毎朝起きました。休刊日以外、休みなし。サークルは広告研究会に入りたかったけど、夕刊や翌朝のチラシのセットがあるのでサークル活動はできません。 雨の日の喫茶店に夕刊を入れるのがとても嫌で、同年代の子たちが喫茶店で「冷コ―=アイスコーヒー」を飲んでる横をカッパをシャカシャカいわせて夕刊を届けることは多感な19歳の心をギリギリと音がするくらい卑屈に捻じ曲げていきました。 初めての女子大との合コンのチャンス。待ち合わせ場所の(今はなくなった)北浜の三越前に行きましたが、夕刊配って翌朝のチラシをセットしてから出かけたので、着いたのは9時、当然誰も待ってくれてはいません。ひとり堺筋線と近鉄大阪線を乗り継いで高安駅までかえったのを憶えています。アパートまでがすごく遠かった。大学生になりきれない、なんとも言えない焦りを感じました。 新聞は拡張員さんという販売専門の方がセースルします。拡張員さんが強引な勧誘をして契約を取ってきたお家に集金に行くと、50歳過ぎの一見温和に見えそうなおばちゃんから、わけもわからず罵詈雑言を浴びせられ、「お釣りはあんたの手から受け取らんから。そこに置いといて。」といわれました。さすがにこれはこたえました。日が暮れた八尾の住宅街、田んぼも多かったのを憶えています。配達用のごつい自転車を漕ぎながら悲しくて涙が止まりませんでした。夕暮れで暗くて顔の表情が見えないのを幸いに、涙をいっぱい流してやりました。 こんな苦労は自分の子どもには絶対させたくはありません。 今年の3月末、千林商店街でスーパーカブの配達員の後を、白くて頑丈な配達用の自転車を漕ぐ眼鏡をかけた女の子を見かけました。(きっとこの春地方から大阪にやってきた子で)新聞奨学生をスタートし、順路帳を片手に配達順路を憶えている様子でした。これから過酷な日々を過ごす彼女・・・・・幸あれ!学生の頃の自分を思い出し胸が痛くなりました。 とにかく新聞奨学生でなんとか大学を卒業し、働いて稼ぐために社会人としての生活がスタートします。 第2章. 絶対に、絶対に向いていない“営業”からスタートした社会人